2006年08月09日

ゲームがワルモノにされる理由4

【概要】「ゲームを語るボキャブラリー」は歴史上のどこからも借りて来れない事。

4)「ゲームを語るボキャブラリー」は歴史上のどこからも借りて来れない事。

 現在、子育てに不安を抱える世代は子供の頃からゲームに慣れ親しんでいる世代です。にもかかわらず、当の彼ら自身が子供がゲームに熱中する姿を見て「い いようの無い不安」を感じて「ゲーム脳・脳内汚染」を支持している事が、ゲーム有害論に有力な説得力を与えています。

 なぜ、自分達も「ゲーム」に親しんだ筈の世代が「ゲー ム脳・脳内汚染」を支持するのでしょうか?

 一言で言えば、それは「ゲームを語るボキャブラリー」が貧しい事が原因です。

 アニメを語るなら映画論から言葉を借りてこれます。
 マンガを語るなら文学論から言葉を借りてこれます。

 もちろんそのまま流用できるものばかりではありませんが、土台として使えるものも多いという意味です。
 例えばマンガ評論の夏目房之助さんの「間白(まはく)」。
 "コマ間のスキマ"がマンガの演出上、効果がデカイという認識はマンガ読みなら感じた事があると思いますが、彼が「あれは文学で言う改行や文字空けに近 い」と言い出し、「間白」という命名を発明した事でマンガは一段、語り易くなったと思います。
 マニアックな話ですし、いっこいっこの効果も地味ではあるのですが、こうした「用語」がいくつか出揃ってくると、コミュニケーション効率が上がります。
 
 ※デメリットもあります。絵画に詳しい先生などに「マチエル」とか専門用語を説明抜きで乱発されると反発心が先に立ちますわな。
なんとなく。
  専門用語は教養や良識とは本質的には関係ありません。


 ゲームには借用できる「芸術論」がありません。
 過去の歴史に存在しない要素に立脚しているからです。

 ゲームは
 絵画であり音楽であり(原始)
 演劇であり文学であり(言語/文字・農業革命)
 写真であり映画であり(産業革命)
 インタラクティブです(情報・通信革命)

 インタラクティブな「作品」を語るボキャブラリーは、不足しています。
 これら全てを統合した「作品」を語るボキャブラリーも、不足しています。

 例えば、ICOで『手をつないだ』時の感覚をどう言葉で伝えりゃええのんか?ストーリーだけじゃダメですし、グラフィックだけでも足りません。ユーザー エクスペリエンス?悪くはないけど、イマイチ肚にコナイ(もっと特化した符号化ツールが欲しい)。

 「インタラクティブな経験の面白さ」は言語化が困難です。
 従って、「ゲーム」から受け取った肯定的な要素も、言語化・伝達・記憶固定・普及・社会通念化が困難です。


 「ゲーム脳・脳内汚染」を生んだのは「伝わるコトバを 生み出せないゲーマー自身」です。
 勝利を手にするのは人々の支持を得た方です。最終的には、福沢諭吉やブリア・サヴァランなみに七転八倒して「過去に存在しない概念」を表す言葉を創る必要があります。
 ゲーム固有の面白さを語れる「ゲームのボキャブラリー」が必要です。七転八倒して言葉を創 る必要があります。

 ゲーム脳戦争の要諦は洗脳戦です。ゲームの話をしよう」とも言います。

 そのためにも、

 ゲームやろうぜ。


ラベル:ゲーム有害論
posted by ばる at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ノイズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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