2)歴史的に最新の人気メディアは攻撃対象になりやすいこと。
2ーA)「人間が月へなど行けるはずが無い」 「東京ー大阪2時間の弾丸列車など有り得ない」 「このような荒唐無稽を吹き込む手塚治虫から子供を守れ」
まず、上記の発言は厳密なものではなく、昔読んだ本の記
憶に頼っている事をご了承願います。一旦決着が付いてしまえばこうした「戦史」は無かったことになるらしく、ほとんど残りません。新しいメディアの教育への組み込み方と言う点で価値のある記録になると思うのですが。
さてこの時期、手塚治虫さんはこまめにTVに出てはPTAや教育評論家とバトっています。たまたまこの時期と本人の医学博士号取得が重なり「マンガを読 むとアタマが悪くなる」とは誰も言えなくなったそうです。
ちなみに少し脱線すると、米国では50年代に2-A)的な論調が勝ち、以後のコミック表現は大きな規制を受ける事となりました。
さてこの時期、手塚治虫さんはこまめにTVに出てはPTAや教育評論家とバトっています。たまたまこの時期と本人の医学博士号取得が重なり「マンガを読 むとアタマが悪くなる」とは誰も言えなくなったそうです。
ちなみに少し脱線すると、米国では50年代に2-A)的な論調が勝ち、以後のコミック表現は大きな規制を受ける事となりました。
2ーB)「ビートルズはこじき芸人」「騒いでいる気違い少女どもを見れば一目瞭然」「勲章をもらったというけど、あれはイギリスの政策だと思うよ。」
これは検索ですぐ出ます。さすがビートルズは格が違いま
す。日本公演の時の記録です。発言者は現役の政治評論家さんですが、たぶん今でもこう思ってらっしゃると思います。
ちなみにある 県の教育委員会は「ビートルズ公演に教育効果なし」として日本公演当日に欠席した調査の行方を調査したそうです。ひょっとしたらその根拠となった「科学的 な証拠」があったのかも知れません。
ちなみにある 県の教育委員会は「ビートルズ公演に教育効果なし」として日本公演当日に欠席した調査の行方を調査したそうです。ひょっとしたらその根拠となった「科学的 な証拠」があったのかも知れません。
ゲーム有害論を受容する人々の脳内にあるのは、これらと同様の「慣れ親しんでいないものへの不安・疎外感」のように思えます。
むしろ「嫌悪感」に近いのかもしれません。いずれにせよ、過去の戦史に論理で解決した例はありません。
しかし今日、例え内心では心の底からほんとうに2-A)2-B)のように思っていても、そのままおおっぴらに主張する事は、
恥
ずかしくてできねぇよな?。
マンガもロックも「社会人の教養」 と化したからです。
2006夏現在の私から見れば(そして望むらくはあなたから見ても)、2-A)は「マンガの教養」を、 2-B)は「ロックの教養」を欠いています。
だから平然と叩けるのです。
ゲームが叩かれる原因は「ゲームの教養」が一般化していない事にあります。
そこで考えます。教養とはなんぞや?
「本=教養」ではありません。読書家は必ず「良書」と書きます。シンプルで良い言葉です。さすが歴史ある趣味は違います。
「絵画=教養」ではありません。愛好家は必ず「足を使って目を肥やせ」と言います。
「教
養」とは「過去の作品・論評と比較して優劣をつけるための脳内データベース」です。
本の教養を身につけるには乱読が、絵画の教養を身につけるには「足を使って目を肥やす」作業が必須です。
もしもあなたがゴミのようなゲームを山のように遊び、その中から傑作をいくつか挙げる事ができるなら、それがゲームの教養です。
ま、対ゲーム脳洗脳戦においてはゲーム以外の分野も一個突っ込んだ教養を持っておくと戦術 の幅が広がります。
ゲームばっかじゃダメです。残念ながら「ゲームの教養」が一般化 していない世界では話が通じません。
「絵画の教養」が無ければカンディンスキーのスゴさを熱く語られてもピンとこないのとおなじで、こちらが好きなゲームの良さを語っても「ゲームの教養」が無い相手には理解 が難しいのです。
実はクリエイタがどんな状況下でなにを考え、どんな作品をつくるか、それがその世界でどんな意味を持つのか、というのは、案外いろんな分野に似たケース があるものらしく、結構面白いです。簡単な映画史の本一冊でもなかなかツブシが効きます。もちろん、面白がったり、本一冊程度でツブシを効かせるには、そ の前にゲームの教養を身につけておく必要があります。
このように「応用が効く」点からいってもゲームは「教養を身につけるだけの幅広さと奥深さ」を既に持っていると思います。
ひとつ注意して戴きたいのは、決して世代論にしてはならないという事です。わからないもの、なじみのないものに興味を示し、年甲斐も無くなんにでも挑戦 し、趣味として嗜むに至る人は常に、世代に関わらず、居ます。世代論はこうした貴重な資質を持った人々を無駄に敵に回し ます。むしろそういう人にこそ教えを乞いましょう。取りあえず年上は立てとくのが無難です。
「ゲーム脳・脳内汚染」信者の根幹にあるのは理解できないものへの生理的な恐怖です。歴史上に論理で解決した例はありませ ん。
勝利を手にするのは人々の支持を得た方です。論戦の勝ち負けに意味はありません。
ゲーム脳戦争の要諦は洗脳戦です。オトモダチ獲得競争とも言います。
そのためにもまずは、
ゲームやろうぜ
タグ:ゲーム有害論


