2006年05月06日

あたらしい著作権のはなし


印刷機の発明後、著者の許可を得ずに本を印刷して売ったり、他社の売れス ジを勝手に印刷して売ったりが「ふつう」な時代が長くあったらしい。

 よく考えると「写本」には著作権もへったくれもあったもんじゃないもんな。その流れらしい。太古の昔からコピーライトがあったら三国志も史記も古事記も 魏志倭人伝も聖書も死海文書も残っちゃいない。価値のあるものは勝手にコピーされて残り、無いものは残らない。
 価値があるものとはなんぞや、を誰かが決めたわけじゃ無い。手にした一人一人が自分で考え、自分で決めてきた結果だ。

印刷機は巨大な装置産業だったので、莫大な投資が必要 だった。

 印刷業は儲かった。高価だった「本」の大幅なコストダウンに成功し、庶民の知識欲や情報欲を満たした。書体も高価な写本にふさわしい重々しいものではな く読み易いものが工夫された(italicがソレらしい)。宗教改革に伴う教会の影響力低下(原因は印刷聖書そのものだ)もあってコンテンツの内容も幅広 かった。有り体に言えばエロかった。心ある人々はモラルの低下を嘆いた事だろう。少なくともおいらには"デカメロン"と"週刊実話"の区別が付かない。

 さて、本が売れるのはイイが写本時代のように他社に同じ内容をバンバン刷られたら持たない。印刷機の月賦が払えない。だもんで利益を確保するために「複 製を作る権利」を一定期間、独占する必要があった。出版社がみんな共倒れになったら誰がみんなの知識欲や情報欲を満たしてくれるの?無いでしょ他に?王様 なんとかしてくださいよ。代わりと言ってはなんですが検閲していいから。

 それが「著作権=コピーライト」の事始めって事らしい。
 当時の人たちは、それが世の中の大多数の知識欲や情報欲を満たす為の最適解と考えたわけだ。

* 中世が近世に変わる過程でもう一つ。特許権=パテントというものが成立している。医者や錬金術師のヒミツの知識が途絶えないように、一定期間の独占を認め るからその後は公開して下さいねというモノ。特許の有効期間はどのくらいが適正なのかとか、特許に値する知識はどんなものかは、時代に応じて変遷するだろ う。


「著作権」は別に絶対正義じゃ無い。社会的必要に応じて 変わるもの。

 「著作権」と漢字で書くとなにか人を平伏させる効果があるが、なんのことはない「印刷業者が複製を作る権利」。もともとは著作者に何か権利があるって考 えからスタートしたものじゃ無い。ドライでビジネスライクなものだ。「作家にとっては著作とは血を分けた子供のようなもの」というキモチは解らないではな いが、そのキモチ自体が、数百年も続いたパラダイムが作った脳内ファンタジーかもしれない。いずれにせよ、それを大切に思うなら「コピーをする人」と契約 を結ぶ段階で交渉すべきものだ。

 もし誰かが「お前のブログはオレの著作権を侵害してるから削除しる!」って言って来ても、自分は名前変えてどっかよそにバックアップ書き戻すだけなん じゃないかなぁ。まぁ、そん時になってみなきゃ解らないけど。少なくともこれでも原著作者の「キモチ」は想像して書いてるつもり。
 逆にここに書いてある文章(大したもんじゃないです、はい。大したもん書ける人はブログなんか書きません)を誰がどんなふうに使おうが、おいらにはソレ を止める事など不可能だ。「コピーを作る能力」はここを見る人の全員が持っているのだもの。ハエタタキ一本で蚊柱に突っ込むほど若くないしぃ。

 法律や権利は個人の内面の満足を保証しない。単に「社会全体にとってベストと思われるもの」を担保するだけだ。何が「社会全体にとってベスト」なのかは context variable、状況に応じて可変。

 歴史の変わり目に常識や漢字の重々しさに囚われる必要はあんま無い。さりとてまったく気にしなけりゃ真っ先に潰される。100年くらいは落ち着きの悪い 時代が続くんだと思う。


「印刷の聖書には神の祝福が無い。手にする者は背教者」

 その後ろには写本を生業とする修道僧の生活がかかっていた。彼らが特に強欲だったりなにかの腐敗の温床だったわけでは無いと思う。ほとんどの人たちは精 魂込めて美しい写本作りに精を出していたはず。たんに彼らの職業生活を守る事が「社会全体にとってベスト」ではなくなっていってしまっただけだ。

「iPodの中は違法コピーで一杯」
うん。たぶん、あなたの言う通りなのだと思うよ、スティーブ・バルマーさん。

それでも現行の著作権の考え方は、いずれは行き詰まる事 が見えている。

 DCMA法(俗称:ミッキーマウス保護法)は著作権の存続期間を大幅に伸ばし、DADVSI法は"技術的なコンテンツ保護手段を迂回する方法について喋 る事を禁止"する内容を含む。
 Winnyを叩けばYouTubeが流行り、ストリーミングもその気なら録画できる。ガチガチのコピープロテクトを用意すれば利便性が落ち、それが「破 りたい」という動機を産む。おいらはiTMSですらなにか買う気がおきない。

 「コピーをする能力」は既に万民の手に渡っている。著者の許可抜きで複製を作るのが「ふつう」な時代に戻って行くんじゃないかなぁ。
 写本時代には命がけで禁書を複製したって人もいるだろうし、エロいから使おうと思っただけだよって人もあるだろう。動機はどうでも良い。複製が多い程、 永く残る確率があがる。1000年後の人たちがFantasiaを見られる可能性はそっちの方が高いと思うんだが。
posted by ばる at 20:31| Comment(0) | TrackBack(0) | ノイズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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