2006年03月14日

任天堂の宮本茂氏が仏レジオン・ドヌール勲章を受勲

【概要】ゲーム屋とゲーマーのみんな、頑張れ。
他には、日経の夕刊に小さく出ていた。扱いも「レジオン・ド ヌール」ではなく「シュバリエ勲章」としか書いてなかった。
NINTENDO insideと比べてもfamitsuの扱いは破格だ。
きっとfamitsuの中の人は「ゲーム脳の恐怖」や「脳内汚染」を意識したのだろうなぁ。キモチはとてもよくわかる。
もちろん、それはとても大事な事だ。オレだって悔しいし、自分なりに言ってやりたい事もある。
でも。

本当は、ただ面白いゲームの事を語るのがいちばんだと思うんだ。

アニメだってマンガだってビートルズだって小説だって、ファンやメディアがその良さを語り続けたから今があるわけで。
その前には、
宮崎駿だって手塚治虫だってジョン・レノンだって二葉亭四迷だって、黙々と「もっと良い作品」を作り続けたから今があるわけで。

ゲームの事は、ゲームで応えるのが一番だと思う。
だってゲーム、面白いんだから。

世界中の文化勲章が貰って下さいって寄って来る日まで、頑張ろうぜ。

/*/

「◎◎は若者に有害」「◎◎をやるとアタマが悪くなる」「◎◎亡国論」などなどなど。

これらの議論に対抗するには個々の作品で勝負するのが一番だ。てゆうか、たぶん他に無い。
唯一、ゲーム固有の不利は「ゲームを語るボキャブラ リー」を歴史上のどこからも借りて来れない事。
アニメを語るなら映画論から言葉を借りてこれる。
マンガを語るなら文学論から言葉を借りてこれる。
ゲームには?

ないんだ。
どうすれば「インタラクティブな経験の面白さ」を「うっとおしい自分語り」に堕ちずに語れるのだろう。
俺たちは福沢諭吉や夏目漱石や二葉亭四迷や正岡子規なみに、七転八倒して「ゲー ムを語るボキャブラリー」を作り上げていかなきゃいけないんだ。
じっくりいこうぜ。
posted by ばる at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ノイズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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